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私、仕事を始めた時つくづく感じたことがあったんです。
それはね、仕事をしてると退屈じゃない上にお金が貰えるんだ!ってことだったんです。
だって、私達(いや私だけかな?)って、お稽古したり、デパートをふらついたり、友達とランチしたり…。
こんなことしてたのは、退屈だったからなんです。
家にいて、家事をして、毎日同じことを繰り返す。何の不足も無いはずなのに、変化が無くてつまらないなんて思っていたのです。退屈だって思ってました。
だから、何かをしてたんです。そう、何かをして退屈を紛らすためにお金を使っていた…。
つるかめ算の基本問題で、AさんとBさんがじゃんけんをして階段を上り降りするという問題があります。勝つと5段上がり負けると2段下がります、最終的にAさんは~段でした。Aさんは何回勝ったでしょう(負けたでしょう)なんていう問題なんですが、勝った時と負けた時の差を聞くと、5-2だから3段だなんて勘違いが結構あるんですよ
正解は5+2の7段なんですけれどね。
「勿論分かってたわよ」なんて声が聞こえてきたかな?
これって、お金を払って退屈しのぎをしていたかつての自分と、お金を貰って知識や技術を身に付けることが出来た今の自分との差じゃないのと、つるかめ算を教えながら感動したんです。
ところが最近、受験生に過去問題を解かせていた時、国語の問題文にパスカルのパンセについて書かれた一文があったのです。
それは、退屈と気晴らしについて書かれたもので、人間の運命的な不幸は退屈に耐えられないことにあるというのです。
退屈に耐えられない人間は、お金を払って危険な役目に身を投じたり、ウサギ狩りをしたりする。ウサギ狩りをする人間に「ほい、捕まえたかったウサギだよ」などとウサギを渡したら、彼らはむっとするだろう。人は「欲望の対象(ウサギ)」と「欲望の原因(退屈)」を混同しているのだ…というような大意の文でした。
おぉーっ!と思いましたよ。私ばかりじゃないんだ!とね。お金を払ってカリブ海辺りの提督の地位を買ったところで、下手をすれば死ぬかもしれないのに…。人って昔からそうだったんですね。
「パンセ」読んでみようかな。