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この頃の入試は、2月1日にいっせいに始まるというのではありません。
1月の6日を皮切りに、入学を前提としない地方の学校の入試が、力試しを兼ねた受験のためにスタートするのです。
今の子供達は本当に健気だと思います。
力試しとは言え、物凄いストレスであろう入試を終えたその日の午後に塾に来るんですから…。
私たちの時代には考えられない事ですよね😅
そんな折、オープンチャットの参加者の方で保険会社勤務の方から、こんなチャットがあったのです。

鶏もも肉をソテーしたおかずの朝ご飯を食べながら、チャットの文面をフムフムと読みました。
仕事柄、申込者の戸籍確認をすることが多い彼女なんですが、昨今のキラキラネーム流行りで読めない名前が沢山あるのだそうです。
子供ばかりでなく、親世代も既にキラキラネームの洗礼を受けている世代なので、親からして一見では性別もわからない程の、謎解きのような名前のオンパレードなのだとのことでした。🤣
彼女曰く、戸籍にも振り仮名が必要です!とのこと…。
このチャットを見て私には思い出したことがありました。
それは60年前の受験のころ…。
その頃の塾では、国立校を受験する「国立組」と私立校を受験する「慶応組」に分かれていて、上位の「国立2組」と「慶応2組」がそれぞれ200名前後、その下に「国立1組」と「慶応1組」がやはり200名位いて、更に男子組、女子組が1000人位ずついました。組み分けテストで入れ替わるのは今のシステムと同じことです。…というか、その頃のシステムが踏襲されているという方が正確かもしれませんね。
その中のトップのクラス(国立慶応混合だったのか、教室の都合で一緒だったのか忘れましたが)で、国立2組で常に男の子を抑えて1位だった女の子がいたんです。
その頃のことですから、ご褒美はノートがボールペン程度だったと思います。
殆ど毎週のように「今週の1位、猪鼻(ししばな)照江さん手を挙げて下さい」と大学生のチューターの人が読み上げるのですが、彼女はただの1度も手を挙げることがありませんでした。
「私が呼ばれても、絶対手なんか挙げられないわ…」と心の中で同情していたので、60年経った今でもフルネームを覚えている程印象的な名前だったんです。
キラキラネームは、親の好みで付けるものですが、苗字を決めたのは100年以上前のご先祖様なんですからね。
そこで、苗字について調べてみると、明治3年に平民苗字許可令が出た後、明治8年に平民苗字必称義務令が出されたので、全ての国民に苗字を付ける義務が命じられたということです。
よく言われるように、田んぼの中に住んでいるから田中さんとか、川の上流に住んでいるから川上さんとか、その頃のご先祖様は頭を捻ったのだと思いますよ。
これは私の単なる想像に過ぎませんが。その中で、一見して目立つ、他の追従を許さない苗字を…と思ったご先祖様がいて、猪鼻という苗字が付けられたのではないでしょうか?
でも、でもね…。この名前って、どうしてもテラテラ光った猪の鼻を思い起こさせてしまいますよね。💦
自分たちの何代か先の子孫の女の子が、とても優秀でその名前を読み上げられる事になるなんて、想像していなかったのかも知れません。
今流行りのハラスメントって言葉で言うなら、これはご先祖様によるネムハラに他ならないな…と思いましたね。
キラキラネームをつける親御さんだって、その子が成長してどんな場面に遭遇するかなんて考えていないかも知れませんよね。
その時、お子さんがどんな思いになるかとかも…。
あの飛び抜けて優秀だった彼女は、その後研究者になったかも知れませんが、きっと早く結婚して苗字を変えたんじゃないかな?なんて想像した昨日でした。


